ゆうまるらいふ

悩めるサラリーマンの頭の中

2周読んでこそ本当に楽しめる本 『方舟』を読んだ感想

ようやく2周目を読み終えたので感想を書こうと思う。もし読んでいない方にネタバレをしてしまわないよう、詳しい内容を含んだ感想は『方舟』のリンク下から書くことにする。

とにかくまだこの本を読んだことが無い人はぜひ読んでみて欲しい。ミステリーが好きな人はもちろん、ただの衝撃ミステリーに飽きてしまった人、普段と違う読書体験をしたい人におすすめな本だ。

これまで読んできたミステリーとは違う、ラストの衝撃はもちろんのこと『犯人が分かってから読む2周目』がさらに面白い。この本は2周読んでこそ楽しめる。

ともかくすぐこの本を読んだあと、『方舟』読者専用の解説を読んで、2周目を読み進めて欲しい。

book-sp.kodansha.co.jpこの本を読むと読んだ感想を誰かと共有したくなるはず。もしよければ読了の後、この記事へ帰って来てくれると嬉しいです。

 

 

ミステリーを1回読んだ後すぐさま2周目を読み始める体験は初めてだった。大抵ミステリーというものは、どれだけラストが衝撃的だった作品も、一度読んでしばらく時間を空けて「またあの衝撃を味わいたいな」とふと本棚を見返した時に手にする場合がほとんどだ。

僕がこの『方舟』を購入したきっかけは、単純にこの本が話題になっていたことと、帯の有栖川有栖さんの『この衝撃は一生もの』というフレーズを見て、興味をもったからだ。

 

一生ものの衝撃を得られるミステリーとはどんなものか。と気になりながら読み進めていく。物語の舞台は地下建築。翔太郎を含めたサークル時代の仲間7人、矢崎一家の3人が山奥の地下建築で一夜を過ごすことなり、その夜運悪く地震が起こってしまう。浸水によるタイムリミット、犠牲者を出さないと地下建築から脱出できない、極限状況の中で物語が進んでいく。

 

僕は読了するまで、犯人を推理することが出来なかった。とはいえ『この衝撃は一生もの』という期待を持って読んでいたので、誰が犯人だったらそこまでの衝撃を受けるんだろうとぼんやり考えながら読んでいた。なぜか同じく地下建築へ迷い込んだ矢崎一家か、それともやはりサークル仲間の1人か。語り手である柊一や推理を進める翔太郎という可能性もあるのだろうか。

そんなことを考えながら終盤まで読み進める。最後の殺人が起こり、タイムリミットも迫ってくる中、翔太郎の推理で犯人が麻衣であることが判明する。動機は「夫である隆平に恨みを持っており、犯人に仕立て上げることで残酷な最後を迎えさせるために」ということだった。

正直この犯人、動機の展開を読んだ時は「えー、なるほど」と思ったくらいで「これは一生ものの衝撃か?」と思ってしまった。しかしエピローグでこの物語の根底が覆される。1人が犠牲になるのでは無く、1人しか生き残ることが出来なかったのだ。その錯覚を犯人である麻衣が作り出していた。だからこそあの殺人を起こしていた。このラストには鳥肌が立った。

 

そしてすぐさま2周目を読むことにした。麻衣がどんな行動を取り、どんな発言をしていたのか。麻衣が『犯人』と分かって読み進めていくと、その発言が『犯人だからこそ』の発言だったことに気づく。

 

先ずは序盤。地震により巨大な岩によって閉じ込められ、さらに地下3階からの浸水が進行していることに気付く。この本の語り手である柊一は機械室にある監視カメラで非常口が土砂で塞がれているのを発見する。それはまだ柊一しか知らないはずだった。だが花がこの現状をどうにかするには、早く誰かが地上に出て助けを呼べばいいのではと提案すると

「でも、それだと間に合わないかも」

64ページより

と麻衣が口にする。その麻衣の一言で、柊一は全員に自分が見つけた監視カメラの映像を見せる為機械室へと案内する。この麻衣の発言は、外の状況を監視カメラを見てすでに知っているからこそ出る言葉だと、2周目になると気づく。

そして柊一に機械室へと案内された一同は地震により帰路が絶たれている可能性があり、誰か一人がこの地下建築へ残り、犠牲になる必要がある状況を把握する。この時、柊一は一人一人の顔をじっくりと眺める。それぞれが泣き出しそうな顔をしたり、唖然とした表情を浮かべるなか、麻衣はうつむき加減に唇を噛んでいた。この時すでに麻衣は裕哉を殺しているのだ。彼女は何を考えていたのだろう。今後どう動くか思考を巡らせているのか、もしかするとそもそもこの地下建築へ案内した裕哉を、殺してもなお恨む気持ちがあったのかもしれない。

そして裕哉が殺され、突然の殺人事件に混乱する一同。なぜこの状況で殺人を起こしたのか。皆が考えをめぐらせる。

犯人が、僕より先に監視カメラの映像を確認していたことや、隆平より先に地下三階の水嵩が増しているのに気づいていたことは、十分考えられるのだ。

71ページより

先程の64ページの麻衣のセリフと組み合わせて考えると、この時点で麻衣が怪しいのでは?と、おそらく2周目だからこそ考えてしまう。1周目で、この流れから麻衣を怪しんでいた読者はいるのだろうか?もしかするとその後の麻衣の行動からも判断し、犯人は麻衣なのでは?と考えていた勘の良い読者もいるのかもしれない。

 

麻衣が犯人だと分かって読んでいると、ほとんどの発言、行動が犯人だからこその行動であると読み取ることが出来る。3章で首を切られて殺害されるさやかの死体が見つかった時も、そこでは特に花がひどく怯える描写が書かれているが、麻衣はそのような驚いたリアクションをしている描写が無い。

3章で殺されたさやかは、裕哉から地下建築の写真を送られていたと麻衣に知られてしまってすぐに殺された。矢崎一家が地下建築へ来た本当の目的は、新興宗教にはまった義理弟を探しに来たと言うことを話した時も、麻衣は矢崎一家がどれくらい地下建築について、事前に知っているのかを質問していた。父である矢崎幸太郎は、犯人を待ち伏せしようとボンベを担いで身を潜めていたことで殺されてしまったが、この時もし矢崎一家が地下建築について、詳しく知っている状況だったなら、もしかすると一家全員が麻衣によって殺されていた可能性がある。そう考えて読むとゾッとした。

 

他にもこの本は所々読者にヒントを与えてくれている。防水スマホの件について幾度か触れていたり、矢崎幸太郎が殺害され、ウェーダーと一緒に爪切りと袋が捨てられていた時も、柊一の回想で「わざわざ爪切りを袋から出した」と書かれていたり。勘のいい読者はもしかしたら分かるかもしれない。読み返してみると「推理しようと思えば出来たのかな?」なんて考えてしまう。

 

1周目では気付かないが、2周目を読んでみると、犯人が犯人だからこその発言や行動をとっていると読んでいて分かる。まさに帯の朝井リョウさんの言葉を借りるなら「これまで読んだことのないようなものでとてもゾクゾクした」。1周目はラストの根底がひっくり返る衝撃の内容に驚き、犯人を知っている2周目は犯人の行動にゾッとする。これまでに無い、読書体験だった。

時間を置いて3周目を読んだ時、また違う読書体験が出来るだろうか。ぜひまた時間を置いて、読み直したい本だった。